2008年08月20日

謙信公祭り

今週末8月23・24日は上越の春日山城史跡広場などにて謙信公祭りが行われます。

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もう80回を超える伝統のあるお祭りですが、昨年から大幅に規模というか趣向が変わりました。



昨年の謙信公祭りではなんと大河ドラマの風林火山で謙信役を演じたガクト(Gackt)さんがお見えになって出陣行列を行いました。

なんと見物に訪れた来訪者はなんと18万人。

旧上越市は13万人程度の人口規模の都市です。

そこのお祭りが18万人もの人であふれかえったというのだからこれは大事件です。18万人というのは池の平温泉スキー場に1シーズンでご来場頂くお客様の約2倍です。
それを1日で集めちゃうんですから。
Gackt効果なんだか大河効果なんだかわかりませんが、恐るべしです。あやかりたいです。。

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そして、来週もまたGackt謙信がやってきます。
昨年と同じことはやりたくないとかで2000人の出陣行列を行うとか。
そして、昨年を上回る来場が予想されているんです。

実は池の平温泉は謙信公祭りのFM上越の番組のメインスポンサーになっています。

そして、「妙高高原ビール」も妙高を代表して出展致します。

Gackt謙信のすごさを肌で感じてきたいと思います。

もし、ご来場される方がいましたら、声をおかけくださいね。

すっごいお得な早割りシーズン券情報はこちら
http://blog.ikenotaira.net/blog/kanrinin/2008/06/post_143.html#comments

スタッフ募集のご案内はこちら
http://blog.ikenotaira.net/blog/kanrinin/2008/07/post_146.html#comments

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2008年08月09日

上越オクトーバーフェスト2008

8月の7日~明日10日の間、上越高田公園にてオクトーバーフェストが行われています。

オクトーバーフェストというのはドイツのビール祭りに端を発したものですが、昨今、各地でドイツビールの祭典として行われています。

我が妙高高原ビールは新潟県上越地区唯一の地ビールとして出店させて頂きました。

上越青年会議所の皆様、本当にありがとうございました。

妙高高原ビールは新潟県上越地区唯一の地ビールであると同時に「妙高高原」の名を冠した唯一の地場産品でもあります。

実は妙高からほとんど出たことのなかったわが地ビールですが、妙高を背負って出ていかなければならないと切に感じる機会になりました。

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やはり上越はかなりの民力があります。
夜ともなれば、かなりの人手でやっとこささばいている状態でした。
さすがですね。

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このような活気あるイベントに参加させて頂いて大変勉強になりました。
これからも上越地区唯一の地ビールメーカーとして精力的に頑張っていきたいと思います。

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明日は最終日です。
お時間のある方は是非とも御立ちよりくださいね~♪

すっごいお得な早割りシーズン券情報はこちら
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2008年07月29日

フラダンスパーティー

今年は関西地方が「観測史上・・・番目」の暑さみたいですね。
こんな記録的な話も最近、聞きなれたフレーズになってしまいましたね。 


そんな夏にはやっぱりビール。


いまだどの程度、知られているのかわかりませんが、妙高高原池の平には地ビール「妙高高原ビール」と地ビール工場レストラン「タトラ館」がございます。
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夜には毎日40種類以上のバイキングが昼には週末とお盆に980円~のランチバイキングを実施しています。

地ビール3種飲み放題も1500円という画期的な価格です。

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やっぱり8月に入って急に賑わってきましたよ~。

妙高にいらした際には是非ともお立ちよりください!!  http://www.alpen-blick.com

そしてそしてその「タトラ館」にはショーステージがございます。

ときに演奏やアカペラ、ダンス、ショーなどが披露されます。

そして、今回、初の試みとしてハワイアンフラダンスを行いました。

冬ともどもお世話になっておりますプロスノーボーダーの平野愛さんの御協力で実現することができました。 すごく盛り上がりましたよ♪

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なんと次回もございます。 8月14日 18:45~の予定です。
是非、見に来てくださいね~。 混み合いますのでご予約はお早めに。


冬もフラダンスやる予定です。 一度は見に来てくださいね~。

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2008年07月28日

夏でも池は熱い!!

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ちょっくら東京に出張に来ています。
そこで見かけた風景。
駅に並ぶ大行列。
なんだと思います~?
アイスクリーム屋さんの開店日かな?
ドーナツ屋さんの開店日かな?
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それは・・・・。




なんと!!



ポケモンスタンプラリーに並ぶ列でした。

この暑さの中、全駅この行列を並ぶのか~。気が遠くなるな~。
という心配をしながらも相変わらずのポケモンパワーに驚かされた風景でした。



池の平だって行列つくってみせてやるぜ!!(流行るという意味でしかありませんのでよろしくお願いします。)
ということで池の平夏のスペシャルプランをご紹介致します。

夏の池の平も本当にGOODですので、ぜひともご近所の方、1度は足をお運びください。
お待ちしております。   超お得なプランが盛りだくさんです!!

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すっごいお得な早割りシーズン券情報はこちら
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2008年07月24日

冬季スタッフ募集開始!!

噂の格安シーズン券の情報はこちら
http://blog.ikenotaira.net/blog/kanrinin/2008/06/post_143.html#comments




夏の池の平ではかるがも親子がお散歩中。
すぐに離れ離れになってしまうこどもたちに手を焼いているお母さんなのでした。。。
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そんなほのぼのした風景に出会える場所、池の平は春も夏も秋も全開ですよ~。


池の平を一緒に盛り上げてくれる冬季スタッフを100名以上大募集します!! 
お問い合わせ・お申し込みはお早めに
担当:鈴木啓太 迄 keita@alpen-blick.com

詳細は以下です。

募集内容
 
職種:
① ホテルアルペンブリック フロント補助業務 ルームメイク業務 
②  レストラン部門 配膳・接客業務
③  レストラン部門 調理補助業務 
④  ランドマーク妙高高原 フロント・売店・調理補助 清掃業務
⑤  スキー場リフト業務
⑥  スキー場パトロール・ディガー業務 ◎2級程度取得者が望ましい。経験考慮。
⑦  スキー場圧雪業務 ◎経験者優遇。 未経験者も可能。 勤務は深夜時間帯。
⑧  地ビール製造補助・配送業務 
⑨  駐車場業務(土・日・祝 年末年始 のみ)
⑩  イベント補助業務


労働条件: 
基本時給 850円~(高校生750円~) (応 能力 主任手当あり )  
残業手当 1日超8時間労働時 基本時給×1.25
早朝・深夜手当 午後10時以降午前5時までの勤務 基本時給×1.25

勤務目安 1日8時間労働 5勤2休(12月27日~1月3日は無休)
◎稼ぎたい人大歓迎
              
昼食(弁当) 200円 本人負担
寮あり 入寮者 1000円/日 本人負担  相部屋 3食付
30日以上の勤務で
池の平温泉スキー場シーズン券支給。
温泉かふぇ(ランドマーク妙高高原)シーズン券支給。
その他周辺スキー場の
交通費支給はなし。
制服 内勤はシャツ(上着)支給 黒ズボン シューズ本人持参
   外勤はウェア支給 長靴・帽子等は本人持参

期間:12月10日くらい~4月6日迄  
年末年始だけ春休みだけ3連休だけ週末だけ。短期も大歓迎。

池の平、妙高高原を一緒に盛り上げていきましょう!!

皆様、お気軽にお問い合わせくださいね。

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2008年07月01日

Best of PARK 第2位

携帯公式サイト雪番長の雪番長アワード2008にて

http://snowboardnet.jp/mobile/
http://snowboardnet.jp/yukibancho.html

ついに!!

Best of パーク   で 第2位。

に選ばれました。

こういうの励みに頑張っていきますよ!!
よろしくお願いします。

ちなみに
ライバルとなるその他上位順位のスキー場も書いておきますね。

Best of Park
1.丸沼高原http://www.npd.co.jp/malnuma/
2.池の平温泉http://www.ikenotaira.net/
3.武尊牧場 http://www.hotakasan.co.jp/hotaka/
4.アルツ磐梯 http://www.alts.co.jp/index.html
5.南郷 http://www.sayurinosato.co.jp/SKI/
6.GALA湯沢http://www.galaresort.jp/winter/
7.鷲ヶ岳 http://ski.washigatake.jp/index.html
8.石打丸山 http://www.ishiuchi.or.jp/
9.奥只見丸山 http://www.okutadami.co.jp/ski/index.html
10.八千穂高原 http://yachiho-kogen.jp/ski/

近郊のスキー場が意外とないですねぇ。
白馬もない。 
周囲のゲレンデのお役にも立てるようにしっかりとしたパークを提供していく必要はありそうですね。
そんな使命感に燃えております♪

そして、したたかに1位を狙っていきたいと思います!!


そんな日本で第2位のパークが格安で1シーズン楽しめちゃう2009年シーズン券の情報はこちら
http://blog.ikenotaira.net/blog/kanrinin/2008/06/post_143.html#comments

投稿者 kanrinin : 14:22 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年06月24日

2009年 中高年の華麗なスキー教室

皆さん、「皇潤」っていうTV通販のCMって見たことありますか?

三浦雄一郎さん、三國連太郎さん、八千草薫さんバージョンとかがあるんですけど、その中に高橋巌夫さんバージョンというのがあります。

高橋巌夫さんという91歳の方がダンススキーとかスキー教室とか活力ある老後の生き方の提唱だとかをされているというものです。

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その中でスキー場のシーンがいっぱい出てくるんですけど、それはみ~んな池の平なんですよ♪

と言いますのは。

高橋巌夫さんは95年くらいから毎年毎年、池の平で中高年のためのスキー教室をやられているんです。

しかも。

 2泊3日のスキー教室をシーズンで10回以上。

 ありがたいですねぇ。

高橋先生は91歳。 スキー歴80年、最高齢のスキーヤーとして活躍されており、その若々しさと華麗なスキーは海外でも広く賞賛されています。
見た目・体力はもちろん驚異的な若さですし、精神年齢は本当に何歳なんでしょうか。
人生観変わるんじゃないですかね。高橋先生に師事すれば。。

まさに「アクティブシニアのカリスマ」

そんな高橋先生がスキー場は池の平しかないって言ってくださっています。

ほんとうにうれしい限りです。

中高年スキーのメッカとしても花開かせて行きたいですね。

そんな高橋先生がお送りする「中高年の華麗なスキー教室」2009年ももちろん開催致しますよ。

現在決まっている日程を発表致します。

第1回 1/10(土)~12(月)
第2回 1/16(金)~10(日)
第3回 1/23(金)~25(日)
第4回 1/30(金)~2/1(日)
第5回 2/6(金)~8(日)
第6回 2/13(金)~15(日)
第7回 2/20(金)~22(日)
第8回 3/6(金)~8(日)

宿・料金は未定です。(7月中には決定予定です。)

スキーを楽しみ、そして健康につながる斬新的なレッスンです。
(イ)姿勢がよくなる。
(ロ)バランス感覚がよくなる。
(ハ)歩き方がよくなる。
(ニ)脳力をUPさせる。
以上のようにスキーを楽しみ、脳の活性化と健康な生き方につながるスキーです。

お問い合わせとお申し込みは
妙高FSJスキースクール連絡所
電話 045-253-9588
高橋巌夫事務所

池の平温泉スキー場シーズン券早割情報はこちら
http://blog.ikenotaira.net/blog/kanrinin/2008/06/post_143.html


おまけ高橋先生 徹子の部屋出演時の内容 (徹子の部屋辞典より)

14/8/16 高橋 巌夫(たかはし いわお)

黒柳「高橋巌夫さんです。よろしくお願いします。今週は戦争が終って57年ですから戦争を忘れないように皆様からいろいろなお話を伺っておりますが、今日のお客様は皆さんと違って音楽プロデューサーでいらっしゃって、音楽のことやちょうど外国から帰ってこられた三浦環(みうら たまき)さん。このかたは外国で蝶々さんと呼ばれたマダムバタフライがお得意の方だったんですけども、この方のマネージャーのことや音楽のことをやってらっしゃたんで戦争中三浦環さんがどうであったか音楽がどうであったかそういうことを伺いたいと思っておいでいただいたんです。それで大変ユニークなかたで50歳を過ぎてフィギュアスキーというものを広めたいと言う事で現役で今もやってらっしゃるんですけどもこれはご自分でお考えになったんですか?」


高橋≪私が考えてね、スキーで持ってフィギュアスケートのようなことをやってみようと。≫


「この方はオリンピックの正式種目になればいいと思ってらっしゃるんですがリレハンメルの時も正式に招待されてあちらでおやりになったんですってね。長野の冬季オリンピックの時もお呼ばれになっておやりになったんですけどもなかなかオリンピックの正式種目にはならない?」


≪はい。まだなかなか底辺が広がらないものですからね≫


「というので50歳を過ぎて現在85歳でいらっしゃいますか」


≪はい≫


「今も滑ってらっしゃるんですがそのフィギュアスキーというものがどういうものかちょっと皆さんにVTRをご覧いただきます。~VTR再生~なるほど。ですけども正式種目にならないんでがっかりしてらっしゃるんですけども。今でも冬になったら」
※高橋さんが考えられたフィギュアスキーは短いスキーの板で滑る


≪教えております。≫


「というのもお父様が秋田のご出身で小さい頃は長い(板の)スキーはできたんだけども短くしようと思いになったのはなんで?」


≪みなさん初めてのスキーで長い板で大変苦労されてるんですよ。子供は小さいスキーでやってるんですけども大人でも小さいスキーでやったほうが(上達が)早いんじゃないかと、そういう発想から短いスキーを考えたんですけどね。それをやってる内にフィギュアスケートでいろんなことをやってる。あれをスキーで出来ないかと。自分の短いスキーを改良していろんなことをやってみたんですよ。で上手くいきましてね皆さんにも喜ばれたりしてスキー学校なんかを始めたりしてね≫


「ですからこれがもっと流行ってオリンピックの正式種目になればいいということで方々でお呼ばれして皆さんの前でやってらっしゃるんですけどもなかなか(オリンピックの)正式種目にならないということで。でもお若い方もやってらっしゃるようなのでこれからずっとお続けになると、85歳でこういうことをやってらっしゃるので大変お元気で良かったと思うんですけども。今85歳の方ですら57年前の戦争はそんなに大きな大人だったっていうことではないんですよね。大きな大人って変ですけども。85から57を引いたら大体何歳かお分かりになると思うんですけども、その時に音楽プリデューサーでいらっしゃいました。音楽のコンサート企画とかそういうものをやってたんですけども段々戦争が激しくなって英語を使ってはいけないという事になっていろんなことになったんですけども、そもそも大学にいってらしたんですけどもお家が崩壊したんですって?」


≪そうです。それで働かなければならないということで大学に入ったばかりだったんだけども中退して働きにはいって、ピアノの会社に入ってそれで音楽というものを知るようになったんですね≫


「なるほどヤマハなんですけどもそこにお勤めになって、芸術とか音楽がくっついてるところとかクラッシクが好きな人とかいろんな人とお知り合いになって音楽を広めたいとしようとしている時に三浦環さんが」


≪昭和15年ですけども私は昭和15年に独立したんですよ。≫


「ご自分で会社をお作りになってるんですね」


≪その時に徳川ヨリチカさんのお屋敷でですねパーティーがあるというんで始めてお会いしてそこで初めて三浦さんにお会いして。その前からお会いはしてはいるんですけども私が音楽のプロデュースを始めたというのを知って「それじゃあ私のこともよろしく頼むは」ということで≫


「そうなんですね」


≪それから(三浦さんのプロデュースを)始めるようになって≫


「鍋島公爵というかたが大変応援されて。なにしろ三浦環さんと言う方はすごい方で、前に聞いたんですけども外国で蝶々夫人を歌っら楽屋にお爺さんがきて泣いてひざまずいて「良かった。良かった」っていったから「お立ちになってください」って言って「(そのお爺さんに対して)お名前は何ていうんですか?」って聞いたら「私はプッチーニです」っていうお話があるくらいで。ようするに作曲した本人のプッチーニが泣いたって言うぐらい」


≪そうです。それでプッチーニのイタリアの別荘にもよく呼ばれてねプッチーニのお宅にもよく行ってたそうですね。≫


「それで今度はアメリカにいらっしゃって何千人のコーラスをバックに歌われて」


≪ウィルソン大統領とか3代の大統領に呼ばれてホワイトハウスでも歌ったりいろんな所で歌ってるんですね≫


「それだけすごい三浦環さんなんですがその頃に日本は外国から帰ってきた人をあまり遇しない(よく扱わない)ところがあって勲章ももらえないで「私1つぐらい勲章欲しいなって」言ってらっしゃったって」


≪そういうことをよく言ってらっしゃいましたね。総理も全然その当時ありませんからね≫


「それだけの事をなさった方なのにね。別に勲章がどうとかではないんですけどもね。ただ三浦環さんは昔の方なので天皇陛下から皆さんが一杯勲章をいただいてらっしゃるのを見てね、私も学校の先生ばっかしじゃなくて私だってこんな事をしてきたのに欲しいわっておっしゃってたんですけども何ももらわないで亡くなったんですが、戦争が終ってすぐに亡くなったんですね。」


≪はい昭和21年の5月の25日です。≫


「とにかく日本に帰ってらして今日のお客様の高橋巌夫さんに私のマネージャーをやってくださらないということで当時はオペラは大変なことになっていたので普通の歌を歌うからということになってずいぶん普通の歌を歌ってらっしゃるんですね」


≪そうですね。山田耕作の歌曲とか滝廉太郎の歌曲とかそれからイタリアとかドイツものの歌曲とかね≫


「それがレコードになっているのでねこれは”アロハオエ”。アロハオエなんかを歌ってらっしゃるんですね。三浦環さんのアロハオエを聞く事は滅多にないと思うのでちょっとこれは後半ですけども全盛期は過ぎてるんですけどもこの方のアロハオエをお聞きください。日本語で歌ってらっしゃいます~レコード再生~いろんなことを思い出されるんじゃないですか?レコードを聞いてましたらこの頃父(黒柳さんの父)はコロンビアのオーケストラのトップもやっていましたからずいぶん父が伴奏しているというのも分かったんですね。聞いてて中には父だなって思うのがありましたね」


≪そうですねお父さんにもお会いしてお話したこともありますから≫


「そうですか(笑顔)。ずいぶん三浦環さんのレコードの伴奏をしていて疎開先で三浦環さんの音楽を聞いている時にレコードを見たら父の伴奏だった事があってその時は父は出征をしてまして涙が出たことがありましたけども。でもこういう風にやってらしたんですけどもそのうち軍の慰問に行けと」


≪ええ何回か軍の慰問に行ってたんですけどもそのうち軍歌を歌えって言ってきたんですよ。それでも軍歌は歌わなかったんですよ。慰問に行ってもオペラや何かを歌って兵隊からは随分喜ばれたんですよ。ある時九段に憲兵司令部に行って呼ばれて出頭せよと呼ばれていったら中佐って言う人が軍刀を持って「おまえはなんで軍歌を歌わないか!!」って言われたんですって。「私はオペラ歌手です。オペラが私の本心であってねアメリカにいた時もイギリスにいた時もアメリカの軍歌は歌わずにオペラを歌ったんですよ。」と言ったんですよね≫


「でもその時はそれで済んだんですけども刀を抜かんばかりの(怒りようで)」


≪環さんは切られるかもしれないと思ったんですって。でも私はオペラ歌手ですと顕然と言ったんですって。≫


「中々いえないと思います。でもその時は堂々と言ったんですけども表に出ると足がガクガク震えて」


≪ええ、そこに座り込んだんですって。腰が抜けてね。何回も私はその話を聞かされてるんですね。でも慰問にはちゃんといってるんですよ。≫


「大学生がよく出征していく、東大の人が出征していくフィルムなんかはよくありますけども若い出征していく兵隊さんのために歌いたいはっておっしゃったんだけどもそれも上手くいかなかったんですって?」


≪なかなかスケジュールがうまくいかなくて≫


「軍の方も時間がないからって言われて。第一英語を使っちゃいけないということでコロンビアをはじめ名前が変わったそうですね日本の名前に。コロンビアは”ニッチク工場”、ビクターは”日本音響”、ポリドールは”大東亜”。変えなくてはいけなかったんですかね」


≪いっさい英語っていうのは使ってはいけなくなりましたからね。例えばクラッシックの交響楽の演奏会でもチャイコフスキーというのはアメリカのものじゃないからそのまま使えたんですけどねドイツのものですから、でも日本人のものを必ず演奏しろと命令が出たんですよ。ドイチやイタリアの物の中に必ず日本人が作曲したものを入れないと許可しなかったんですよ。≫


「もちろん敵国ですからアメリカやイギリスの物は出来なくてやれるのはドイツのものとイタリアのもの。でも段々はっきりしなくて外国の音楽はやっちゃいけないという風になってきましたよね。」


≪そうですね≫


「音楽の評論家の人たちが軍の片棒を担ぐ人がいてずいぶんアメリカの音楽の悪口を言ったりしたんですてね」


≪そうですね。その中で有名なのにガシュウインの”ラプソディーブルー”何ていうのがありますねえ。あれなんかをくそみそにけなしたのを新聞の記事に書いて≫


「あんなものは音楽じゃないと評論家の人たちが言ったりして。アメリカのものだったからだったんでしょう。そういうことが戦争中にいろいろあったんです。この高橋巌夫さんは情熱のある方で戦後すぐにその”ラブソディーブルー”をやると決めていたそうですけどもコマーシャルの後にその話なんかを」


≪はい≫


黒柳「まあ音楽プロデューサーの走りと先ほど申し上げましたけども、今現役でフィギュアスキーなどもやってらっしゃるんですけども57年前戦争が終った時に随分お若かったろうと思ったら戦争が終った時でさえ28ぐらいでいらっしゃるんですから24,5歳の時からプロデューサーの仕事をされて独立された時はすごくお若かったんですね?」


高橋≪24歳です≫


「だから昔の方はすごいしっかりされていて独立されて高橋音楽事務所・・・芸術社ですか。24歳で高橋音楽芸術社をお作りになって三浦環さんおマネージャーにおなりになったんですから。さっきのラブソディーブルーですか。自分がいいと思っている音楽を敵国だから良くないって批評家や何かが書き始めてずいぶんお辛かったんじゃないですか?」


≪そうですね。音楽にはそういうものは無いはずなんですよ。敵味方なく愛されるものなんですよ。それを悪くいわれるので自分でも悲しい思いをしましたね。≫


「アメリカの代表的な音楽ですよね”ラブソディーブルー”これをあんなもの音楽じゃないっていった批評家がいたので、よしいつかやってやるぞというので結局戦争が終って」


≪はい戦争中は出来ませんからGHQに頼むんで”ラブソディインブルー”をやるんで楽譜がなかったので、よし取り寄せてって飛行機で1週間で楽譜がきまして。≫


「ああそう。それで演奏をして戦後すぐだそうでございますから。~曲が流れる~こうやって見るといい時代になったってお思いになられるでしょう。好きな音楽が聴けるんですからね。でまあ音楽のマネージャーみたいなことをやってらしたんですけどもどんどんオーケストラのメンバーは戦争に取られていく」


≪ですから戦争中はオーケストラは幾つかありましたけども昭和19年に私が関係していたオーケストラは空襲で全部消滅してしまったんですよ。ですから戦争末期には今のN饗しかなかったですよね≫


「父もコンサートマスターをしてたんですけどもみんなが戦争に行っちゃってメンバーがいなくなって父も出来なかったんですよ。でもそんな中でも三浦環さんといろんなことやろうと思ってここに持ってきていただいたんですけども(※チラシを取り上げる)三浦環さんとお琴の宮城道雄さんが”琴と歌の夕べ”というような(音楽会を開いた)。それでもお客さんは空襲の中でもいらっしゃたんですね」


≪そうなんですね激しい空襲のなかで安らぎを求めたいという事で音楽会にきましたですね。≫


「でも空襲が始まれば1回止めて防空壕に入ったりしてそれでまたやるという感じでした?」


≪演奏中に空襲警報がなって避難するという事もありましたし、その前に大きな空襲があって中止になったこともずいぶんありましたね。ですからいつもそういうことを覚悟でコンサートをやらなければいけませんし、やはり今のようにテレビとかありませんからね。ラジオも一般になったのは昭和25年でしたからね。NHKのラジオだけでしたし娯楽は何もなかったんですよ。映画館も消滅してないし。せめて音楽を聴いてもらおうということで誰でも楽しめる音楽会という事で企画してそれが皆さんにとっても喜ばれたんですね。≫


黒柳「三浦環さんという人は大変お優しい方で女学生で女子挺身隊として工場で働いているみんなにも歌を歌って、そこに行ってみんなが喜びそうな歌を歌って」


高橋≪はい。山田耕作さんの”この道”とか”からたちの花”とか”赤とんぼ”とかみなさんが親しいものを歌うんですね。しかもオペラ歌手の第一級の人がパーと歌いますからねそれを歌うとみなさん涙流して聞いていただくんですね。≫


「それで終ったら女学生に一言一言女学生に優しい言葉をかけて女学生がみんな感動したって」


≪あの方は舞台から話し掛けるんですよ。普通はそういうことはありませんからね。お客様にちゃんと話し掛けるんですよ。ですから慰問に行った時でも女学生の手をとってね優しく声をかけてあげるから一生懸命生きていこうという気持ちになっていくんですね。≫


「最初に聞いていただいた”アロハオエ”を歌ってらっしゃる時は60ぐらいになってらっしゃって当時の60って本当に歳をとってるっていう感じがあったからその女子挺身隊のところを周ってらっしゃる時も大体それぐらいのお年だったんですね」


≪そうですね≫


「それから三浦さんはだんだん体が悪くなっていくんですね。」


≪一番悪かったのは昭和19年に山中湖に疎開してから調子悪くなって医者に診てもらったらおなかにできものが出来ていていわゆるガンだったんですね。その頃はガンという病名はなかったんですね。で「高橋、私おできが出来たらしいのよ」っていうことだったんですね≫


「高橋って呼んでらして。外国から帰ってきてらしたんで”高橋さん”とよばずに”高橋”って。今は85歳でいらっしゃるんですけども当時はお若いときでいらしたんですごい歳の違うマネージャだったんだけども高橋って。戦争で音楽が何もかも絶えてしまうような時に戦争が終ってGHQから三浦さんに蝶々夫人をやってほしいという依頼があったんですね」


≪そうです。それで渋谷の日比谷公会堂がGHQが接収してたんですよ。で一般の日本人は昼間しかつかえなかったんですね。夜はGHQのいろんな催し物があるんですね。そこでやりましたですね≫


「三浦環さんはお歌いになったんですか?」


≪歌いました≫


「本当になくなる寸前ですね。そのときですね側で看護婦さんが脈を取ったり注射を打ったりしたのは。それはうまくいったんですか?」


≪いきましたそれは≫


「良かったですね。それでアメリカの方たちは・・・マッカサーはその時は来られなかったそうですけども」


≪上の中央部の偉い方がずいぶんおいでになられましてね。そして自分は死ぬ気で歌いましたからですね。もう立派なもんですね≫


黒柳「三浦環さんはGHQから蝶々夫人をやって欲しいといわれた時には62歳で、やせてたし食べ物がなかった」


高橋≪そうなんですよね。一般の国民もそうですけども食料なんで困りましたですよね≫


「当時餓死者が続出するというような日本では考えられないんですけども、その中で三浦環さんも食べ物がなくてそれでお体が悪くて。でもそんな中で蝶々夫人をお歌いになったんですね。その後にもう1回コンサートをなさったんですね。そのコンサートの時に「私は病気です。毎日練習してますが舞台は戦場です。そこから逃げ出すような事はしたくありません。みなさんと私はいつも一体です。そしてみなさんといつも一緒にやってきました。私は皆さんのために精一杯歌います。見苦しい事があったらすみません」といってそれでお歌いになったんですね」


≪そうです。≫


「それが最後になったんですけどもシューベルトの」


≪”美しきセイシャ前の乙女”っていう≫


「20曲もお歌いになって。これが最後になってしまったんですけども」


≪はい≫


「本当にご病気でなければ食べ物があれば戦後の一番いいときにねてずいぶんお思いになったでしょうね」


≪そうですね≫


「それから三浦環に軍歌を歌えといってきたところは情報局だそうでございます。あとはクロイツァーとかレオシロターとかバイオリニストのモギレフスキーとか日本にいた外国人の音楽のプロデューサーとかをずいぶんなさったんですけども今振り返るとあの戦争中はどういう風にお思いになられます?」


≪あの頃は憩いという娯楽がありませんでしたからね音楽がせめて国民に対しての娯楽≫


「娯楽。はああ」

投稿者 kanrinin : 16:19

2008年06月23日

雪番長アワード2008

携帯公式サイト雪番長の雪番長アワード2008にて

http://snowboardnet.jp/mobile/
http://snowboardnet.jp/yukibancho.html

5月31日 中間発表ですが。(6月30日最終締め切り)

なんと!!

Best of マウンテン で 8位。
Best of パーク   で 2位。

になっています。

プリンス大竹ともども大変喜んでおります。

都心からの距離。ゲレンデの規模(キャパ)を考えたら我ながら本当に驚異的な支持率だと思います。

品質が認められるのって本当にうれしいですね♪

まだ、投票は続いておりますので、投票権をお持ちの方はお願いしますね♪


おそらく来シーズンはぐんっとお客様の見る目のハードルも上がってくると思います。

より一層気を引きしめて品質維持とは言わずUPに努めてまいりますのでどうぞ皆様来シーズンもよろしくお願い申し上げます。

あ~!気合入って来た~♪

シーズン券早割情報はこちらhttp://blog.ikenotaira.net/blog/kanrinin/2008/06/post_143.html#comments

投稿者 kanrinin : 11:55

2008年06月17日

0809池の平シーズン券早割!!

不安な方もいるようですので池の平温泉スキー場 早割の商品内容を発表します!!

早割り販売期間:2008年9月16日~2008年11月30日

内容はほとんど昨年と同じです。ご安心を。

優待や抽選会などの特典が増える予定です。お楽しみに!!(後日詳細発表)

パークレッスンのシーズン券も登場するかも。

早くお友達集めてね~♪

あいのり早割   (多く集まれば安くなる)
1名で申し込むとひとりあたり    20000円
2名で申し込むとひとりあたり    18000円
3~5名で申し込むとひとりあたり  16000円
6~10名で申し込むとひとりあたり 14000円
11名以上で申し込むとひとりあたり 13000円

シニア早割 13000円(55歳~)
キッズ早割  6000円(~中学生)

ファミリー早割(ご家族の方に限り)
大1小1 25000円
大1小2 28000円
大2小1 38000円
大2小2 40000円

シーズン券早割以外割引制度
イベント会場割     15000円 
今年はイベント以外に量販店などでの販売も考えております。お求めやすくなりますよ。
セカンドシーパス割   15000円 ◎他のスキー場のシーズン券をお持ちの方
紹介割         18000円 ◎シーズン券保有者からの紹介

温泉かふぇ早割  
大人 10000円  小人 3000円

投稿者 kanrinin : 14:16

2008年06月11日

日本一のシーズン券をもっともっと!!

今、池シーズン券のことを考えているところです。

池の平のシーズン券はご存知格安で知られていて、日本で一番ホルダー数が多いと言われています。

でも、これに甘んじることなくどんどん魅力を上げていってどんどん仲間を増やしていきたいって思っているんです。 
このコミュニティー力を生かしてなんかもっと面白いことできなかなぁって。。。

優待特典を増やすとか抽選でプレゼントが当たる!!とか。
いろんな事業者さんと協力してもっともっと魅力的なものにしていきたいなぁなんて考えています。

今から動き始めれば、結構、大きいことできると思うんですよね。

なにかいいアイデアあるかた(パクリでもOK)、協力したいという企業の皆様、お気軽にお声をおかけくださいね。

お待ちしています♪

投稿者 kanrinin : 14:42